キラキラした子供の世界と、切ない大人の視点を行ったり来たり
オープニング、眩しすぎるフロリダの太陽の下、ハメをはずした子供たちの口の悪さと悪戯に眉をひそめてしまう。でも、見終わった時にはこの映画が好きになっていた。
ディズニーランド近くのモーテルに住む、6歳の女の子ムーニー。その若いシングルマザー、ヘイリーは失業中で家賃の支払いも滞りがちだ。ムーニーは同年齢の友達と、モーテル中を走り回り、悪戯して管理人ボビーの仕事を増やしたり、近所に冒険に出かけたり、一緒に退屈したりしながら暮らしている。
10代でムーニーを出産したヘイリーは自力で生活を改善するすべを持たない。彼女にとってムーニーはただ1人の愛しい存在だが、子供たちの外での行動には無関心、ボビーには無責任だと言われている。でもムーニーが元気いっぱい遊べるのは自分を愛してくれるママがいるからだ。
「大人が泣く時ってわかるんだ」
ハネムーンの予約手違いで、「こんなところにとまりたくない」とフロントで訴える新婦の姿を見て、「あのひと可哀想、きっと泣くわ。大人が泣く時ってわかるのよ」というムーニー。大人の心の波を感じ取っても、いつも気付かないふりをしているのだ。ママのために。
ヘイリーとアシュリーが恐れる「児童家庭局」
火遊びをした息子スクーティを問い詰めるアシュリーが、「児童家庭局がきてしまうのよ」と叫ぶくだりがある。いくら子供のことを大切にしていても、生育環境が相応しくないと判断すれば子供を強制的に保護するシステムがあるのだ。
アシュリーは息子を失う恐れから、ヘイリー親子と距離を置くことにした。
ヘイリーはアシュリーが通報したと思っているが、マジックハンドを盗まれた男がWEBページを通報したと思いたい。
支配人ボビーの視点
モーテルの雇われ支配人ボビーは、忙しい仕事のかたわら、子供たちのことを気にかけている。ヘイリーに厳しいのは、母子を思ってのことだ。子供たちは無意識に彼を信頼していて、遠慮なくボビーのいるカウンターに出入りしている。
ボビーは警察や児童家庭局のスタッフが母子を引き離す場面に立ち合い、苦渋の面持ちで見届ける。
ボビーを演じているのはウィリアム・デフォー。この映画の彼が好きだ。ライフ・アクアティックの彼も好きだけど。
「妖精は宝物を分けてくれないの」
ムーニーと一緒に大きな虹を見たジャンシーが「虹の足元には妖精の財宝があるけれど、ケチンボで分けてくれないの」という。お伽話のことかもしれないが、ここは経済大国アメリカだ。ヘイリーの怒涛の悪態より、幼いジャンシーの言葉の方が痛い。妖精を襲いに行こうというムーニー。母譲りのたくましさだ。
真夏の魔法は解けてしまったか
隣のモーテルに住むジャンシーは妹とともに祖母に育てられている。母と引き離された時、ジャンシーも泣いたのだろう。これからムーニーの身に起こることを知っているのだ。だから、意を決してムーニーの手を取り走り出す。その瞬間、こちらの心もギュッと掴まれる。
もしもこの映画に続きがあれば、ジャンシーは祖母の元に、ムーニーは里親のもとに送られるだろう。けれどムーニーがママと笑い合って暮らしたまぶしい日々や、ジャンシーと肩を並べて見た風景、手をギュッと握り合って走った記憶のかけらは、ムーニーの中に宝物のように残るはずだ。これから成長していく彼女を内側からあたため続ける魔法の種が心に蒔かれたのだと思う。
一番好きな場面
ムーニーとジャンシーがジャムを塗ったパンを頬張るシーンかな。
夕暮れの低い太陽の光の中、ヘイリーがムーニーとジャンシーの手を引いて歩く3人のシルエットも好きだ。
マジック キャッスル イン & スイーツ Magic Castle Inn and Suitesをストリートビューで
映画の舞台となったモーテル「マジックキャッスル」は実在のホテルだというので、Googleマップで探してみた。
なんとストリートビューで、駐車場を通り抜けでできる。エントランスの方から入って、ムーニーが暮らしていた部屋を見上げ、ボビーがブロアーで掃除していたバックヤードを抜けてみた。ちょっと映画の世界を散策した気分になれる。お試しあれ。
2017年 The Florida Project アメリカ