シュミエイガ

映画の感想・連想・妄想ついでにイラスト:履歴書の趣味欄は映画鑑賞だった

ボーダー 二つの世界

この映画が作られたスウェーデンでは観客は薄々ティーナが何者なのかを推測したかもしれない。

私たちにとって河童やコロボックルがそうであるように、伝承として身近な存在だろうし。

実は、狼人間?なんてトンチンカンな想像をしながら見ていた。

森と空と2人

見おえて、バッタやカマキリは卵を生むメスの方が大きいのだったと納得したり、いや、ティーナは人間の食べ物で育てられたから栄養不足でサイズダウンしたんだと思ったり、ひょっとすると最初に意識した相手の性によりどちらになるか決定されるのかもしれないとかあれこれ妄想。

今までの経験で形作られてきた「私」の内側から、新たな自分が弾け出る感じ。戸惑いと喜びと驚きと悲しみ、そして怒りがマグマのように体内にのたうつ。きついな。

同種の中で自分は変わり種だと感じながら生きるのと、私は健やかに私なのだという認識のもと、異種族の中で1人生きるのではどちらが楽だろう。

寂しがりやのティーナのことを案じていたら最後に救いが待っていた。

このままこの社会で生きるのかな。同族を探しに行くのかな。どちらを選ぶかであの可愛い尾がどうなるか決まるんだ。

性の認識というところで萩尾望都の短編漫画「バーバル・ビューティー」を思い出した。懐かしいな。

嗅覚の鋭敏さというところでは映画「パフューム」を。

そして、ティーナが生き生きと振る舞うことができる唯一の場所、深い森。

最近見た「かもめ食堂」で「フィンランドには森がある」というような台詞があった気がする。隣国だし、木々の表情も習俗も類似しているんじゃないかな。

北欧で「森」という言葉は深い感慨を込めて発せられるものなのだ。きっと。

「日本には○○がある。」というような、この島国にすむ人々の情緒の深みに共通するものは何かな。

山?海?今は思いつかない。

2018 Grans スウェーデン・デンマーク